8/15(土)19:30・上海の没入型公演〈双城之战〉のまえに。
iPhone の読み上げにかけられるように書いてあります。
ヴァイ・ジンクス(パウダー)・ヴァンダー・シルコ、この4人の関係が物語の背骨です。残りは見ながらで構いません。
アーケインの物語は、上下に重なり合った二つの街を舞台にしています。地上に広がるのがピルトーヴァー。科学と発明で栄える豊かな都市で、進歩の街と呼ばれています。そのはるか真下、地の底に沈んでいるのがゾウン、通称アンダーシティです。空気は汚れ、貧しく、犯罪と搾取が渦巻いています。地上の輝きは、地下の犠牲の上に成り立っている。この分断と格差が、物語のすべての対立の根っこに流れています。
この世界には魔法が存在しますが、扱えるのはごく限られた者だけでした。そこにジェイスとヴィクターという二人の科学者が現れ、魔法を機械の技術に封じ込めて、誰もが使えるようにする発明を生み出します。それがヘクステックです。ヘクステックはピルトーヴァーにかつてない発展をもたらしますが、同時に、恐ろしい兵器にもなりうる危うさをはらんでいます。
一方、地下のゾウンには、シマーという薬物が広がっていきます。飲めば一時的に怪物のような力を得られますが、心と体をむしばみ、人を壊してしまう代物です。地上の光であるヘクステックと、地下の闇であるシマー。この二つの力が、やがて破滅的にぶつかり合っていきます。
物語の心臓にいるのは、ヴァイとパウダーという姉妹です。幼くして親を失った二人は、ヴァンダーという男に引き取られて育ちます。ヴァンダーは、かつてゾウンの独立を目指して戦った革命家で、今は酒場を営みながら、地上との危うい平和を守っている、アンダーシティの父のような存在です。
姉のヴァイは、勝ち気で腕っぷしが強く、妹を命がけで守ろうとします。妹のパウダーは、まだ幼くて臆病ですが、手先がとても器用で、爆弾や仕掛けを作る才能を秘めています。この姉妹の絆と、その絆が壊れていく過程こそが、アーケイン全体をつらぬく一番太い糸になります。
ある日、ヴァイたち子どもの一団が、地上のピルトーヴァーに忍び込んで盗みをはたらきます。ところが盗み入った先が、よりによってジェイスの研究室でした。そこにあった魔法の結晶に触れたことで大きな爆発が起き、地上の目がアンダーシティへと向いてしまいます。
この一件が、地下の実力者シルコを動かします。シルコは、ゾウンを地上から完全に切り離し、独立させることに取りつかれた男です。かつてはヴァンダーの盟友でしたが、争いをやめるかどうかをめぐって袂を分かった、苦い過去を抱えています。シルコの手の者が子どもたちに迫り、ヴァンダーは彼らを守ろうとして捕らえられてしまいます。
ヴァイはヴァンダーを助けに向かいますが、置いていかれたパウダーは、自分も役に立ちたい一心で、作りかけの爆弾を投げます。それが制御を超えた大爆発となり、ともに育った仲間たちを巻き込み、ヴァンダーの命までも奪ってしまいます。
生き残ったヴァイは、悲しみと怒りのあまり、妹をジンクス、つまり厄災を呼ぶ者となじって、突き放してしまいます。二人は引き離され、ひとりぼっちになったパウダーを拾い上げたのが、皮肉にもシルコでした。シルコはパウダーを我が子のように育て、そしてその名を、姉が投げつけた言葉であるジンクスへと、変えていきます。
物語はここで、数年の時を飛びこえます。
パウダーはジンクスになりました。天才的な発明の才を持ちながら、心には深い傷を負い、幻に苦しみ、笑いながら破壊をまき散らす、危うい若者に育っています。シルコにとっては愛する娘であり、同時に、最強の切り札でもあります。
ヴァイは、長いあいだ牢につながれていました。ヘクステックのおかげでピルトーヴァーはさらに栄え、ジェイスは今や、街を治める評議員の一人になっています。ヴィクターは天才ぶりを発揮しつづける一方で、生まれつきの病に体をむしばまれ、残された時間が少ないことを知ります。
そこに、ケイトリンという、ピルトーヴァーの名家に生まれた、まっすぐな治安官が現れます。ケイトリンはアンダーシティの闇を独自に調べるうちに、事情に通じたヴァイを牢から連れ出し、二人はともに行動するようになります。反発し合いながらも惹かれ合っていくこの二人の関係も、物語の大切な軸の一つです。そしてヴァイは、死んだと思っていた妹が、ジンクスとして生きていることを知るのです。
しかし再会は、単純な喜びにはなりません。
ジンクスの中では、姉であるヴァイへの想いと、育ての親であるシルコへの想いが、激しくせめぎ合います。自分は本当にパウダーなのか、それともジンクスなのか。その問いが、彼女を内側から引き裂いていきます。
やがてシルコとピルトーヴァーの間で、ゾウンの独立をめぐる取り引きが、まとまりかけます。ですがその条件は、シルコがジンクスを差し出すことでした。シルコはそれを拒みます。街の独立という長年の悲願よりも、娘を選んだのです。
追いつめられたジンクスは心のバランスを失い、ヴァイとケイトリンを捕らえます。その混乱の中で放たれた銃弾が、誤ってシルコを撃ちぬいてしまいます。死んでいくシルコは、それでもジンクスに、お前を手放すことなど決してなかった、愛していると告げます。この瞬間、ジンクスはパウダーである自分を捨て、完全にジンクスとして生き直すことを選びます。
シーズン1は、衝撃的な場面で幕を閉じます。
ちょうどその頃、ピルトーヴァーの評議会では、ようやくゾウンにいくらかの自治を認めようという話し合いが持たれていました。そこへジンクスが、ヘクステックの力を込めた砲弾を撃ちこみます。和解へと向かおうとしていた、まさにその場所が、標的にされる。爆発の余韻を残したまま、物語は次の章へと投げ出されます。
シーズン2は、その一撃の余波から始まります。
砲弾は評議会を直撃し、街の要人たちの命を奪いました。ケイトリンは、この攻撃で母を失い、深い悲しみから、人が変わったように苛烈になっていきます。地上と地下の対立は、もはや後戻りのできない戦争へと燃え広がっていきます。
そこへ、メルという評議員の母である、アンベッサが乗りこんできます。アンベッサは戦を生業とする冷徹な将で、ピルトーヴァーの実権を軍事の側から握り、争いをいっそう激しくしていきます。
その一方で、皮肉なことに、破壊の象徴となったジンクスは、虐げられてきたゾウンの人々にとっては、抵抗の旗印にもなっていきます。壁には彼女をかたどった落書きがあふれ、名もなき人々が、彼女に希望を託しはじめるのです。
このシーズンで姉妹を待っているのは、もっとも残酷な再会です。あの夜に死んだはずのヴァンダーの体は、ひそかに残されていました。シマーをあやつる科学者シンジドの手によって、ヴァンダーは理性を失った獣、ワーウィックへと造り変えられてしまいます。ヴァイとジンクスは、変わり果てた父と向き合うことになります。それでもワーウィックの奥底には、娘たちを覚えている何かが、時おりよぎるのです。
破壊のただ中で、ジンクスは一人の少女と出会います。言葉を持たないイシャという子どもが、ジンクスを慕って、そばを離れなくなります。かつては姉に守られる側だったジンクスが、今度は、守る側になる。二人の間には、姉妹のような、母娘のような温もりが芽生えていきます。ですがこの絆もまた、物語の中で深い代償をともないます。イシャの選んだ道は、ジンクスの心に、消えない痛みを刻みつけることになります。
そして物語の後半、対立の構図そのものが、塗り替えられていきます。
死の淵にあったヴィクターが、ヘクステックの核となる力によって、人ならぬ存在へと変貌をとげます。彼は、苦しむ人々を癒す救世主のように振る舞いはじめます。ですがその癒しとは、痛みも、感情も、そして一人ひとりが個であることさえも奪い去り、みなを一つに溶かし込んでしまうものでした。ヴィクターがとなえる、輝かしき進化という理想は、やがて世界そのものを呑みこみかねない、真の脅威として立ちあがってきます。
かつての親友であるジェイスは、ヴィクターの進化が行き着いた先の、荒れ果てた未来を垣間見ます。そして、自らの手で友を、そして二人で生み出したヘクステックそのものを、終わらせなければならないと決意するのです。
ここで、エコーという聡明なアンダーシティの若者が、重要な役目をになります。ヴァイたちの幼い頃からの仲間で、いつも周りを思いやるエコーは、あるきっかけから、もう一つの時間軸へと迷いこみます。そこは、あの悲劇が起きなかった世界。パウダーがジンクスにならず、みなが穏やかに笑っている、失われたはずの日々でした。その優しい世界をくぐり抜けて、エコーは自分の現実へと戻ってきます。もし違う選択をしていたら、というこの挿話は、物語全体のせつなさを、ぎゅっと凝縮しています。
終盤、長く争ってきたピルトーヴァーとゾウンは、ヴィクターという共通の脅威を前にして、初めて手を取り合います。姉妹もまた、幾度もすれ違いながら、それでも互いを完全には見捨てられない自分を、確かめていきます。
最後の戦いで、ジェイスはヴィクターの世界へと踏みこみ、力ではなく、かつて交わした友情そのものによって、友の心に触れようとします。ジンクスは、これまでまき散らしてきた破壊のはてに、自らを投げ出す覚悟で、最後の一手に加わります。多くの犠牲と引きかえに、世界を呑みこもうとした力はほどかれ、ジェイスとヴィクター、二人の科学者の物語は、静かに幕を下ろします。街を戦火に巻きこんだアンベッサもまた、最後の戦いの中で倒されます。
戦いのあと、ゾウンはようやく、地上と並び立つ道を歩みはじめます。倒れた者たちが悼まれ、ヴァイとケイトリンは、互いのそばへと戻っていきます。そしてジンクスの結末は、はっきりとは描かれず、含みを残したまま、見る者にゆだねられます。姉妹の物語は、痛みと赦しのはてに、一つの区切りを迎えるのです。
アーケインは、善と悪をきれいに分けない物語です。登場人物の誰もが、自分なりの正しさや、守りたいものを抱えていて、その想いがぶつかり合った結果として、悲劇が連鎖していきます。だからこそ、シルコのような悪役にも涙がにじみ、ヴァイやジンクスの過ちにも、胸が痛むのです。
物語をつらぬいているのは、いくつかの問いです。壊れてしまった絆は、もう一度結びなおせるのか。進歩や力は、いったいどれだけの犠牲に見合うのか。人は、本当に変われるのか。そして、家族とは血のつながりではなく、互いに選び合うものなのか。公演では、こうした感情の起伏が、演技や演出を通して立ちあがってくるはずです。
アーケインは、とりわけ音楽の力が大きい作品としても知られています。姉妹の想いや、街の嘆き、登場人物の心のゆれが、歌と旋律に託されて描かれてきました。上下2層のセットを歩きながら、ここまでの物語と登場人物たちの関係を思い浮かべておけば、どの場面に行き当たっても、その一つひとつが何倍もの重みを持って響いてくるはずです。